Pinterest以外の注目サービスから見る情報発信のコツ
花崎 熊坂さんは複数の画像キュレーションサイトを実際に使っておられて、その中でPinterestっていうのはいわゆる代表格として採り上げられますけど、その他でこれはおもしろいなとか、これはPinterestとは違った発展をしていくんじゃないかなという注目しているサービスってありますか?
熊坂 昨日もお話ししましたけど、Fancyというものがあります。これはPinterestの好敵手と言われているサービスで、何が違うかというと、もちろんインターフェイスも違うんですけど、コマースに直接つながっていると。Pinterestライクな写真が出てくるんですけども、それもすべてその場でダイレクトに購入できるという新しい形のコマースっていうのが一つ。
あとはニューヨークの会社でAHAlifeっていうのがあるんですけど、これも私は非常に注目していて、サイトの中でキュレーターっていうのがいるんですよね。これも完全なEコマースサイトなんですけど、キュレーターのセレクションというのがはっきり見えて、これもおもしろいですね。
花崎 AHAlifeでキュレーターとして活動しておられる方っていうのはAHAlifeがオファーをしているんですか?
熊坂 そうです。セレクトして。
花崎 ああそういうことですね。それはまたちょっと新しい感じですね。AHAlife側がキュレーターの世界観を重視しているといった判断軸があるんですかね。
熊坂 いろいろ見ていくんですけども、本当にキュレーターによって全然違うものをセレクトしているわけですよね。個性とかテイストっていうものがはっきりしている。自分の好みのテイストがあれば、別に興味のないテイストもあるという形で、ユーザーがそれぞれ判断して、私はこの人みたいなとか、この人は次何を出してくるんだろうっていう楽しみ方があるんですよね。
花崎 そういう意味からいうと、かつてであればあるブランドであったり、雑誌といったような、一つの組織というものが資本力をテコに作っていったものが、いわゆるインフルエンサーといわれる個人に降りていってるということですかね。
熊坂 結局ソーシャルメディアっていうものは個人のものだって思っていて、個人が発信力とか人を集める力を手にできるツールなわけですよね。で、どうなってくるかというと、Pinterestっていうのは典型例ですけど、タレントでもなく有名人でもない人がその中で人を集めてスター的な存在になっているっていうのが非常におもしろい。別な言い方をするとパーソナルブランディングとか、そういうことになるんでしょうけど。
花崎 そうですよね。最近よく出てくるキーワードで貨幣経済から評価経済へっておっしゃる方がいるじゃないですか。あれってまさにそれですよね。お金でフォロワーは買えないみたいな。
熊坂 確かにおっしゃるとおりですね。
花崎 お金の上位に人のつながりとか、その人に対する信頼評価みたいなものがあると。そういったものを作る場ができてしまっているんだと。そこをうまく活用できる方っていうのはそれなりにそこの中で存在感を出していて、熊坂さんもすごい存在感を出されている。あとでお差支えない範囲で熊坂流活用術を聞いてみたいなと思っているんですけど(笑)。個人がソーシャルプラットフォーム上でなんらかの影響力を持つために、自分自身の良さみたいなものに気付いて、それを発信していく姿勢が必要ということですかね。
熊坂 自分がどっちに行きたいのか、何をしたいのか。なんとかの何々さんって呼ばれないといけないんですよね。そうじゃないとなかなか個性が立っていかない。この人顔は知っているけど何している人?ではダメなんです。意味がない。つながらないわけですから。なんとかの何々さんと呼ばれるためには、自分の専門領域か、あるいは切り口を決めることですよね。よく見ているとやっぱりソーシャル上とかインターネット上で名前が立ってきている人っていうのは、何かしらの専門領域を持っていて、ジェネラルの人ってあまりいないんですよね。
花崎 確かにそうですよね。
熊坂 逆に言えば、例えば私はソーシャルとかFacebookというところで出てきているのかもしれないんですけど、私がいきなり政治の話を語ったりとか、カメラの話を語ったりすると、それぞれの専門の人達がいますので、猛反発を食らうんですよ。そういうのは炎上の原因の一つですよね。専門外のことに偉そうなことを言ってしまい、専門の人から叩かれるという。説得性のある経歴なり実績なりがないとダメですよね。
花崎 熊坂さんもそういう意味での専門性を高めるために、特に変化の激しい業界ですから、自分自身でインプットし続けていると思うんですけど、その部分で何か工夫されていることはありますか?
熊坂 そうですね。まず発信することに対して、一応バランスとかを考えてはいるんです。まあどうしても私も最近いろんなところへ行くので、写真撮って出したりはもちろんするんですけど、そればっかりやってるとちょっと違うなと。フィード購読の方って3万5千人ぐらいいらっしゃるんですけど、何かの期待を持って私をフォローしていて、実際よく言われるのは「いつも勉強させてもらっています。」ということ。つまり、私のプライベートのことじゃなくって私の発信するソーシャルとか、その周辺の話が知りたいんだろうなというのがあるので、その期待値に応えるようにしてはいます。でも私は別に情報屋さんではないので、自分の人間性とか自分のパーソナリティーも出していく。ここがやっぱりコツだと思うんですよ。やっぱり人間なので、「ソーシャルのなんとかの、インタレストグラフがどうしました。Facebookがどうしました。」ばっかり言ってたら、まるで機械と変わらないわけで、RSSフィードになっちゃうんですよ。そうじゃなくって、本当のファンをつかむというか、共感を持ってもらう。つまり私の実際の自分っていうものも出していく。このバランスですよね。
花崎 いいですね。たしかに、情報出すんならRSSフィードで十分なのに、なんでソーシャルでということですよね。そこはやっぱりその人が持つパーソナリティを出していくことによって、共感したりすることで、より情報以外の部分でのフォローに意味を持つというか。
熊坂 そうなんですね。ライカビリティって言い方をしますけど、そういうところを入れていかないと、私自身もやっていられないっていうのがあるんですね。
花崎 そうだと思いますし、おそらく読者側もそうなんじゃないかと。僕結構ストーリーテリングとかの領域って興味があって、よくそういったセミナーなんかに行くんです。ストーリーの構成、構造について学ぶんですけど、世の中の神羅万象はストーリーで構成されているという説があるんです。それによるとストーリーの本質というのはキャラクターとプロットというのがあって、キャラクターというのはその人の内面、プロットというのはさっきおっしゃったスキル。自分自身の能力であったり、アビリティですよね。おそらくストーリーというのはその両方が混然一体となって、うまく混ざり合っているのが一番いいと一般論として言われていて、それってまさにソーシャル上で自分自身のストーリーを語る上で、両方大事なんだろうなと思いますね。それが例えば映画のストーリーテリングだと、キャラクターとしてヒーローである主人公がいて、その人の心理的内面的な葛藤や変化というものが一方でありながら、ストーリーとしてまわりで起こってくる出来事が乗っかってくるじゃないですか。出来事だけ淡々と追ってもおもしろくない。そこは彼らの内面で何が起こっているかという描写とセットになっているから、映画っておもしろいと。
熊坂 どう感じているかどう考えているかっていうところは、単にニュースを出しているだけでは出てこないんで、それがやっぱりパーソナリティですよね。実はみんなそれを求めているんですよ。ニュースなんてどこにでも転がっていて、それが早いか遅いかだけの話で。そうじゃなくって、それに対してどういうふうに私は感じているのか。何と結び付けてこう思ったのかっていうような意見ですよね。それがみんな知りたいので、出していかないと意味がないんですよね。
花崎 確かに情報を出すっていうのは、そういうことなんだろうなあと。
熊坂 だから私は単にリンクを紹介することはしないんですよね。何にも書かずにリンクだけシェアする人っていますよね。なんでもいいから一言書くということは絶対にやっているんです。
花崎 ただ、右から左っていうのはね。拡散の機能は果たしているわけですけど。その人である必然性が全くない。
熊坂 意味がないと。何をもってそれをシェアしているのかを知りたいわけですよね。
花崎 そうですよね。特に画像系のキュレーションっていうのはそこがより際立つというか、写真なので、より自分自身のセンスというか世界観というか、好みだとか、言語化しにくいところが伝わる。画像をずっと見ていくと、「あ、この人ってこういうのが好みなんだ」って言葉ではわからないけど理解できるところもある。そういう意味ではその人を判断するときにストック型である必要があるし、画像がそこにたくさん用意されていなければいけないと。
熊坂 何も語らずにその人が見えてしまうというところもあるんです。
花崎 発信者からすると別の表現形態で自分を体現することができるというところもあるんですね。
熊坂 あと、どうしても発信をしていくと賛成意見だけじゃないんですよ。反対意見も出てくる。それに対してどうするか。単に反対意見ということでディスカッションになれば、いくらでも出ていいんですけど、なんて言うか、「ディスり」って言うんですかね。例えばマザーテレサであっても批判する人が出てくるわけですよ。これはもう世の中の必然で、それに対してどう対応していくかっていうのも一つ考えていかないといけないと。